★★★★☆
副題:周縁地域における社会制度の形成
History of Social Interactions among the Island Sea in East Asia
イギリスの市民革命、フランスの革命に伴う危機、アメリカの独立革命などにより、欧米諸国には「国民国家」が形成された。そして、欧米列強は世界中に同じシステムを持つ「国民国家」即ち、日本の明治政府が作り上げた「大日本帝国」のような「近代国家」の形成を強制した。
確固たる国境、共通語、共通文化、「国民」としての自意識を持つ人々によって成り立つ「近代国家」形成の過程で、その周縁に位置する人々は、マイノリティ、少数派として「国家」に取り込まれ、弾圧とそれに伴う同化を強いられた。
日本の場合、アイヌと琉球がそれにあたる。
この本では、そんな近代国家の周縁に位置する(置かれた)アイヌ、琉球、台湾先住民、極東ロシアの先住民など、様々な人々の「交易」「社会制度」「近代国家との付き合い方」について取り上げている。
内容がかなり多岐多様なので、タイトルだけ上げておく。
・アイヌ文化の成立と交易:瀬川拓郎
・琉球王国における貢納制の展開と交易:岡本弘道
・アイヌの北方交易とアイヌ文化:中村和之
・南島の交流と交易:角南聡一郎
・清代マンジュ(満州)人の「家」と国家:杉山清彦
・近世琉球の社会と身分:渡辺美季
・ダイチン・グルン時期のアンダ:承志
・台湾事件と漢番交易の仲介者:林淑美
・極東ロシア先住民族の狩猟領域:佐々木史郎
・清末民国期の太湖流域漁民:太田出
・アイヌ社会における川筋集団の自律性:大西秀之
・租界社会と取引:加藤雄三
一般向けを意識してか、文章は平易で読みやすい。ただ、タイトルにある民族名や語句の意味が分からない人にはお勧めできない内容である。
2011年07月23日
2010年02月28日
『英国機密ファイルの昭和天皇』 徳本栄一郎
★★★★☆
太平洋戦争前と後のイギリスが、日本の情報をどのように収集・判断していたか、をレポートした本である。
著者は元ロイターの記者。文章は平易で読みやすい。
ただ、白州次郎、吉田茂、昭和天皇、広田弘毅、チャーチルなどの一般的な知識があった方が、良い。
昭和天皇がイギリスに親近感を持ち、対英米戦争である太平洋戦争の開戦に反対していたのは、割と知られた事実だ。著者は駐英大使吉田茂の背景には、その昭和天皇の意が働いていたとして、評価の低い戦前の吉田の対英交渉に新たな視点を設定している。
戦前の対英交渉や、ローマ法王に近付いた戦後の昭和天皇の動きも面白いが、やはり、注目すべきは、イギリスの諜報活動であろう。007を生み出した国のスパイ振りは、伊達ではない。
この情報をどう活用すれば、『自国の利益』につながるか。
イギリスは、そのただ1つの基準に照らし、集めた情報を峻別する。
戦前、彼らは、自国の利益に繋げるために、働きかけを行って、秩父宮を留学生として受け入れ、戦後は、イギリス人を皇太子の家庭教師として送り出した。
現在でも、イギリスは(それなりに影響力のある)亡命者や政治的敗北者などを積極的に受け入れている。
あれは勿論、『自国の利益』になりそうだ、という計算に従っているだけだ。
個人の間に国を超えた友情は成立するが、国同士の間で、友情が成り立つことは、有り得ない。
太平洋戦争の開戦に欣喜雀躍(=大喜び)した英国首相チャーチルは、日本とアメリカの和平を主張した駐日英国大使のクレーギーを、生涯にわたり、出世も退職もできない地位に追いやった。それでいながら、訪英した吉田茂には、しごく友好的な態度を取り、相手に好印象を与えるのに成功している。
このチャーチルこそ、イギリスを代表し、象徴する人物だ。
狡猾で、腹黒くありながら、ユーモアがある。
ただ、一方で、クレーギーのように、自国の利益よりも己の信念に従うのもイギリス人らしいのかもしれない。白州次郎は、恐らく、こちらに近い。
ただ、この、ひたすらに『自国の利益』のみに邁進し、他国の悲劇をも利用する「国」は、果たしてどこに行き着くのだろう。そろそろ終わる冬季オリンピックを見てても思うのだが、「個(国)」と「全(世界)」のいいバランス関係というのは、難しいことなんだなあ。
太平洋戦争前と後のイギリスが、日本の情報をどのように収集・判断していたか、をレポートした本である。
著者は元ロイターの記者。文章は平易で読みやすい。
ただ、白州次郎、吉田茂、昭和天皇、広田弘毅、チャーチルなどの一般的な知識があった方が、良い。
昭和天皇がイギリスに親近感を持ち、対英米戦争である太平洋戦争の開戦に反対していたのは、割と知られた事実だ。著者は駐英大使吉田茂の背景には、その昭和天皇の意が働いていたとして、評価の低い戦前の吉田の対英交渉に新たな視点を設定している。
戦前の対英交渉や、ローマ法王に近付いた戦後の昭和天皇の動きも面白いが、やはり、注目すべきは、イギリスの諜報活動であろう。007を生み出した国のスパイ振りは、伊達ではない。
この情報をどう活用すれば、『自国の利益』につながるか。
イギリスは、そのただ1つの基準に照らし、集めた情報を峻別する。
戦前、彼らは、自国の利益に繋げるために、働きかけを行って、秩父宮を留学生として受け入れ、戦後は、イギリス人を皇太子の家庭教師として送り出した。
現在でも、イギリスは(それなりに影響力のある)亡命者や政治的敗北者などを積極的に受け入れている。
あれは勿論、『自国の利益』になりそうだ、という計算に従っているだけだ。
個人の間に国を超えた友情は成立するが、国同士の間で、友情が成り立つことは、有り得ない。
太平洋戦争の開戦に欣喜雀躍(=大喜び)した英国首相チャーチルは、日本とアメリカの和平を主張した駐日英国大使のクレーギーを、生涯にわたり、出世も退職もできない地位に追いやった。それでいながら、訪英した吉田茂には、しごく友好的な態度を取り、相手に好印象を与えるのに成功している。
このチャーチルこそ、イギリスを代表し、象徴する人物だ。
狡猾で、腹黒くありながら、ユーモアがある。
ただ、一方で、クレーギーのように、自国の利益よりも己の信念に従うのもイギリス人らしいのかもしれない。白州次郎は、恐らく、こちらに近い。
ただ、この、ひたすらに『自国の利益』のみに邁進し、他国の悲劇をも利用する「国」は、果たしてどこに行き着くのだろう。そろそろ終わる冬季オリンピックを見てても思うのだが、「個(国)」と「全(世界)」のいいバランス関係というのは、難しいことなんだなあ。
2009年11月08日
『海から見た歴史』 川勝平太編
★★★☆☆
副題:ブローデル『地中海』を読む
ブルーデル著の『地中海』の日本語訳出版を期しての、講演&討論会をまとめた本である。ホスト役を知事がつとめている。
知事の主張は、以前に読んだ『文明の海洋史観』と全く同じなので、特に書くことはない。(『文明のー』自体がブローデルの『地中海』に刺激を受けて書かれた本である)
面白いのは、講演の出演者だ。
西洋史の専門が1人(二宮宏之)、イスラム史・オスマン帝国史(山内昌之)、東南アジア史(石井米雄)、中国・東アジア史(浜下武志)、イスラム史(家島彦一)、日本中世史(網野善彦)とユーラシア大陸にまたがって幅広い。
「海」から歴史を捉えるために、どのような視点が必要かなどを、それぞれの立場から講演し、最後に討論を行うのだが、海の平和について話すと、ヨーロッパの立場が非常にまずくなる。何故なら、ヨーロッパ勢がインド洋に進出するまで、アジアの海(日本の周辺を除く)には、「戦争」がなかったからだ。
地中海は、それこそ古代ギリシア・ローマの時代から、戦いの海である。戦いに勝った者が地中海を制してきた。しかし、インド洋では、15世紀にポルトガル人がやって来るまで、小競り合いや海賊はいても、「戦争」はないのだ。つまり、アジアの海は、平和でありながら、誰のものでもなかったのだ。(日・中・朝の間でも古代や中世に戦争はあったが、海の所有を巡るものではなかった)
ヨーロッパ勢は、狭い地中海でのやり方を、そのままアジアの海に持ち込んだ。戦いに勝った者が海を制す、というのは、ヨーロッパだけの理論だったのに、アジアの、世界中の海に広まってしまった。
ヨーロッパがアジア・アフリカに押し付けたのはそれだけでないので、功罪相半ばするところであろうが、「誰のものでもない海」という響きは非常に魅力的である。
今は、ちゃんとそうなっているのだろうか。
海の過去と現状が気になってくる一冊である。
副題:ブローデル『地中海』を読む
ブルーデル著の『地中海』の日本語訳出版を期しての、講演&討論会をまとめた本である。ホスト役を知事がつとめている。
知事の主張は、以前に読んだ『文明の海洋史観』と全く同じなので、特に書くことはない。(『文明のー』自体がブローデルの『地中海』に刺激を受けて書かれた本である)
面白いのは、講演の出演者だ。
西洋史の専門が1人(二宮宏之)、イスラム史・オスマン帝国史(山内昌之)、東南アジア史(石井米雄)、中国・東アジア史(浜下武志)、イスラム史(家島彦一)、日本中世史(網野善彦)とユーラシア大陸にまたがって幅広い。
「海」から歴史を捉えるために、どのような視点が必要かなどを、それぞれの立場から講演し、最後に討論を行うのだが、海の平和について話すと、ヨーロッパの立場が非常にまずくなる。何故なら、ヨーロッパ勢がインド洋に進出するまで、アジアの海(日本の周辺を除く)には、「戦争」がなかったからだ。
地中海は、それこそ古代ギリシア・ローマの時代から、戦いの海である。戦いに勝った者が地中海を制してきた。しかし、インド洋では、15世紀にポルトガル人がやって来るまで、小競り合いや海賊はいても、「戦争」はないのだ。つまり、アジアの海は、平和でありながら、誰のものでもなかったのだ。(日・中・朝の間でも古代や中世に戦争はあったが、海の所有を巡るものではなかった)
ヨーロッパ勢は、狭い地中海でのやり方を、そのままアジアの海に持ち込んだ。戦いに勝った者が海を制す、というのは、ヨーロッパだけの理論だったのに、アジアの、世界中の海に広まってしまった。
ヨーロッパがアジア・アフリカに押し付けたのはそれだけでないので、功罪相半ばするところであろうが、「誰のものでもない海」という響きは非常に魅力的である。
今は、ちゃんとそうなっているのだろうか。
海の過去と現状が気になってくる一冊である。
2009年10月27日
『文明の海洋史観』 川勝平太
★★★☆☆
県知事著の本を読んでみた。
起承転結の4章からなる本であるが、「承」で言及している、マルクス史観と生態史観についての説明が長いので、学者が書く文章が苦手な人は、そこをクリアするのが面倒かもしれない。(しかし、かなり読みやすい方ではある)
著者が主張するのは、以下の3点である。
1、マルクス史観、生態史観などの陸地史観だけではなく、海からの史観で歴史を捉えよう。
2、日本史を「日本」の枠内で見るのではなく、世界との関わりの中から見直してみよう。
3、中国、西欧、アメリカの文化を吸収し終わった日本が目指すべきところは、庭園都市国家である。
1997年が初版なので、2の主張は、当時としては目新しいものであったろう。現在、試みられている観点を、知事は早くから提唱していたようだ。知事の著書は多いが、どうやら、だいたいの本が、この本の内容を起点としているようである。
知事選前に気付かなかったのだが、知事の文章を私は前に1つ読んでいた。そこでも似たことに触れていたから、知事の立ち位置に変化はないようだ。知事は経済学者であるが、歴史、地勢を踏まえて経済を捉えている人は珍しいと思う。しかし、それこそが、本来、経済学者に必要な知識ではないだろうか。歴史と経済の繋がりは、非常に密接である。第2次世界大戦の原因が「世界恐慌」にあったように、経済は歴史を動かし、歴史は経済に添う。
既に工業国家ではなくなった日本を前提としている知事が、この本に書いた方向に、地元静岡を向けていくのか、興味深いところである。
県知事著の本を読んでみた。
起承転結の4章からなる本であるが、「承」で言及している、マルクス史観と生態史観についての説明が長いので、学者が書く文章が苦手な人は、そこをクリアするのが面倒かもしれない。(しかし、かなり読みやすい方ではある)
著者が主張するのは、以下の3点である。
1、マルクス史観、生態史観などの陸地史観だけではなく、海からの史観で歴史を捉えよう。
2、日本史を「日本」の枠内で見るのではなく、世界との関わりの中から見直してみよう。
3、中国、西欧、アメリカの文化を吸収し終わった日本が目指すべきところは、庭園都市国家である。
1997年が初版なので、2の主張は、当時としては目新しいものであったろう。現在、試みられている観点を、知事は早くから提唱していたようだ。知事の著書は多いが、どうやら、だいたいの本が、この本の内容を起点としているようである。
知事選前に気付かなかったのだが、知事の文章を私は前に1つ読んでいた。そこでも似たことに触れていたから、知事の立ち位置に変化はないようだ。知事は経済学者であるが、歴史、地勢を踏まえて経済を捉えている人は珍しいと思う。しかし、それこそが、本来、経済学者に必要な知識ではないだろうか。歴史と経済の繋がりは、非常に密接である。第2次世界大戦の原因が「世界恐慌」にあったように、経済は歴史を動かし、歴史は経済に添う。
既に工業国家ではなくなった日本を前提としている知事が、この本に書いた方向に、地元静岡を向けていくのか、興味深いところである。
2008年10月12日
『歴史を変えた事件』悲劇はなぜ起きたのか 野田宣雄
★★☆☆☆
複数の筆者による、歴史的事件考察本である。取扱い内容は以下の通り。
満州事変ー五百旗頭真
日独伊三国同盟ー半藤一利
二・二六事件ー猪木武徳
明治六年の政変ー川勝平太
黒船来航ー園田英弘
大東亜・太平洋戦争ー西部邁
ロシア革命とソ連崩壊ー野田宣雄
第1次世界大戦ー中西寛
独裁者ムッソリーニの失脚ー平川祐弘
チェチェン紛争ー山内昌之
満州事変から二・二六事件までの内容は、特に目新しくなかった。西部氏の大東亜・太平洋戦争を除けば、どれも指摘が新鮮だった。
以下、上から順に、内容メモ。
・明治六年の政変で政権を握った岩倉使節団が、欧州で「これぞ近代化」だと感じたものと、欧米人が日本に来て「賞賛」したものとの乖離。
・ペリーの目的が「日本の石炭」にあったと指摘する、黒船来航。
・ソ連崩壊の原因も、ロシア帝国崩壊の原因も、ロシアが「多民族」国家である点に求められている。
・ムッソリーニ失脚の過程と、日本が降伏する過程が類似性しているとの指摘。また、ドイツとイタリアの、ヒトラーとムッソリーニの決定的な違いが、身内への対応で分かりやすく対比されている。
・同じことを繰り返す、ロシアのチェチェン人への対応は、「ロシア革命とソ連崩壊」の内容とかぶる。
と、なかなか内容は面白かったのだが、ネタの統一感に欠け、これらを1冊の本にまとめる必要性が掴めない。近現代に絞っているのは分かるのだが、範囲が広いようでいて、偏っている。
複数の筆者による、歴史的事件考察本である。取扱い内容は以下の通り。
満州事変ー五百旗頭真
日独伊三国同盟ー半藤一利
二・二六事件ー猪木武徳
明治六年の政変ー川勝平太
黒船来航ー園田英弘
大東亜・太平洋戦争ー西部邁
ロシア革命とソ連崩壊ー野田宣雄
第1次世界大戦ー中西寛
独裁者ムッソリーニの失脚ー平川祐弘
チェチェン紛争ー山内昌之
満州事変から二・二六事件までの内容は、特に目新しくなかった。西部氏の大東亜・太平洋戦争を除けば、どれも指摘が新鮮だった。
以下、上から順に、内容メモ。
・明治六年の政変で政権を握った岩倉使節団が、欧州で「これぞ近代化」だと感じたものと、欧米人が日本に来て「賞賛」したものとの乖離。
・ペリーの目的が「日本の石炭」にあったと指摘する、黒船来航。
・ソ連崩壊の原因も、ロシア帝国崩壊の原因も、ロシアが「多民族」国家である点に求められている。
・ムッソリーニ失脚の過程と、日本が降伏する過程が類似性しているとの指摘。また、ドイツとイタリアの、ヒトラーとムッソリーニの決定的な違いが、身内への対応で分かりやすく対比されている。
・同じことを繰り返す、ロシアのチェチェン人への対応は、「ロシア革命とソ連崩壊」の内容とかぶる。
と、なかなか内容は面白かったのだが、ネタの統一感に欠け、これらを1冊の本にまとめる必要性が掴めない。近現代に絞っているのは分かるのだが、範囲が広いようでいて、偏っている。
2008年06月23日
『ジャガイモのきた道』文明・飢饉・戦争 山本紀夫
★★★☆☆
2008年は国際ポテト年!
という地味なアピールに気付いたのは、ここ最近である。食料として栄養価に優れながら、寒さに強く、荒れ地でも栽培できるジャガイモの存在にもっと光をあてようという企画らしい。
それもあって、今年出版されたのだろう。ジャガイモの歴史、食料としての影響力、原産地の現状などを記した本である。
南米アンデス山脈から広がったジャガイモの「食料としての重大な役割」は特にヨーロッパにおいて顕著だ。ジャガイモがなければ、近代ドイツの台頭はなかっただろうし、ジャガイモ飢饉でアイルランド人が大量に海外移住することもなかった。
これらのよく知られた歴史の話題にも触れつつも、民族学者である著者は、ジャガイモがヒマラヤ山脈の高地民族シェルパに現在、どのような生活の変化をもたらしているか、や、原産地アンデスに住むインディオの現状にもフィールドワークの成果をもとに言及している。
人に対して「イモ」を付けたら、悪い意味になる。戦時中にイモばかり食べていた世代が持つイモのイメージは良くない。
しかし、と作者はジャガイモの栄養価の高さを指摘し、「食料危機」にこそジャガイモであると強調する。
事実、ジャガイモという食料1つで、人間の生活と歴史はかなり「変わった」し、ヒマラヤ山脈では進行形で「変わりつつある」。まだアフリカに行き渡ってないこともあり、ジャガイモの今後には要注目だと思わせる内容である。
2008年は国際ポテト年!
という地味なアピールに気付いたのは、ここ最近である。食料として栄養価に優れながら、寒さに強く、荒れ地でも栽培できるジャガイモの存在にもっと光をあてようという企画らしい。
それもあって、今年出版されたのだろう。ジャガイモの歴史、食料としての影響力、原産地の現状などを記した本である。
南米アンデス山脈から広がったジャガイモの「食料としての重大な役割」は特にヨーロッパにおいて顕著だ。ジャガイモがなければ、近代ドイツの台頭はなかっただろうし、ジャガイモ飢饉でアイルランド人が大量に海外移住することもなかった。
これらのよく知られた歴史の話題にも触れつつも、民族学者である著者は、ジャガイモがヒマラヤ山脈の高地民族シェルパに現在、どのような生活の変化をもたらしているか、や、原産地アンデスに住むインディオの現状にもフィールドワークの成果をもとに言及している。
人に対して「イモ」を付けたら、悪い意味になる。戦時中にイモばかり食べていた世代が持つイモのイメージは良くない。
しかし、と作者はジャガイモの栄養価の高さを指摘し、「食料危機」にこそジャガイモであると強調する。
事実、ジャガイモという食料1つで、人間の生活と歴史はかなり「変わった」し、ヒマラヤ山脈では進行形で「変わりつつある」。まだアフリカに行き渡ってないこともあり、ジャガイモの今後には要注目だと思わせる内容である。
2008年04月20日
『東の太陽、西の新月』日本・トルコ友好秘話 山田邦紀・坂本俊夫
★★☆☆☆
「エルトゥールル号事件」の詳細な顛末と、トルコ機による日本人救出+トルコ大地震への日本の支援を記す。
エルトゥールル号事件については、何の番組で見たかは忘れたが、テレビで紹介されて知った。(ポーランド孤児の救助は「ふしぎ発見」だったと思う)今回、もう少し詳しく知ろうと本を借りてみたのだが、この件に関しては、(珍しく)ネット上の情報だけでの充分に事が足りることが分かった。
和歌山県東牟婁郡串本町の人達が、難破したエルトゥールル号の船員(約70名)を救助したのは1890年のことである。この事件は当時、大きく報道され、義援金も随分集まったのだが、暫くして日本人はエルトゥールル号のことをすかっり忘れてしまった。(串本の人は除く)それが再び知られるようになったのには、イラン・イラク戦争とワールドカップが背景にある。
イラン・イラク戦争の時に、イランに取り残されそうになった日本人をトルコ人より優先して、トルコは飛行機に乗せた。(この時、外務省の対応が遅かったせいで、日本人が取り残されそうになった。で、当時の外務大臣は安倍晋太郎(前首相安倍晋三の父))
そして、トルコ機に救助されたビジネスマン達が、今度はトルコ大地震の際に真っ先に義捐金集めに立ち上がる。
ポーランド孤児救出の話でも思ったのだが、助けた方は忘れてもいいが、助けてもらった方は忘れてはいかんなあ。日本も関東大震災の時は、アメリカをはじめ多くの国から義捐金と救援物資を貰った。で、この時、日本が進出していた中国からも送られているのだ。しかし、震災の直後には住民による朝鮮人・中国人の虐殺があったワケで。
チベット問題で発憤している中国人の姿を見る度に、戦前の日本が満州問題で国連を脱退した時のことが思い起こされる。全く同じだとは言えないが、今の中国人の憤慨は、あの時の日本に似ている。
「エルトゥールル号事件」の詳細な顛末と、トルコ機による日本人救出+トルコ大地震への日本の支援を記す。
エルトゥールル号事件については、何の番組で見たかは忘れたが、テレビで紹介されて知った。(ポーランド孤児の救助は「ふしぎ発見」だったと思う)今回、もう少し詳しく知ろうと本を借りてみたのだが、この件に関しては、(珍しく)ネット上の情報だけでの充分に事が足りることが分かった。
和歌山県東牟婁郡串本町の人達が、難破したエルトゥールル号の船員(約70名)を救助したのは1890年のことである。この事件は当時、大きく報道され、義援金も随分集まったのだが、暫くして日本人はエルトゥールル号のことをすかっり忘れてしまった。(串本の人は除く)それが再び知られるようになったのには、イラン・イラク戦争とワールドカップが背景にある。
イラン・イラク戦争の時に、イランに取り残されそうになった日本人をトルコ人より優先して、トルコは飛行機に乗せた。(この時、外務省の対応が遅かったせいで、日本人が取り残されそうになった。で、当時の外務大臣は安倍晋太郎(前首相安倍晋三の父))
そして、トルコ機に救助されたビジネスマン達が、今度はトルコ大地震の際に真っ先に義捐金集めに立ち上がる。
ポーランド孤児救出の話でも思ったのだが、助けた方は忘れてもいいが、助けてもらった方は忘れてはいかんなあ。日本も関東大震災の時は、アメリカをはじめ多くの国から義捐金と救援物資を貰った。で、この時、日本が進出していた中国からも送られているのだ。しかし、震災の直後には住民による朝鮮人・中国人の虐殺があったワケで。
チベット問題で発憤している中国人の姿を見る度に、戦前の日本が満州問題で国連を脱退した時のことが思い起こされる。全く同じだとは言えないが、今の中国人の憤慨は、あの時の日本に似ている。
2008年04月19日
『善意の架け橋』ポーランド魂とやまと心 兵藤長雄
★★☆☆☆
ポーランド大使を務めた外交官による「ポーランドと日本の関わりと、ポーランドについて」の本である。
第一部 ポーランドの善意、日本の善意
日露戦争から現代に到るまでの日本とポーランドの交流について書かれている。14の話が載っているが、そのうち3つがシベリアにいたポーランドの孤児(約700名)関係の話題である。大正時代に孤児を日本の赤十字が助け、国へ送り届けたことが、第2次世界大戦時の交流、そして阪神淡路大震災にまでつながっていく。
第二部 ポーランドのこころ
ポーランドの歴史、特に第二次世界大戦と、それが現在にどう関わっているかについて。
この中にあった「ドイツとの和解」では、「・・・私は、ドイツ人があなたがたに対して行った行為に対し、どうか許して下さいと言いたいと思います」と率直に述べ、ポーランド人に向かって深々と頭を下げたドイツ大統領ヘルツォーグの話が最も印象的だった。この言葉を聞いたポーランド人の「長いこと胸につかえていたものがやっと取れた感じがした」「この言葉を聞けただけでも長生きの甲斐があった」という感想に、日本人なら何を思うべきだろうか。
第三部 素顔のポーランド
現地に長期滞在する外交官ならではの体験、見聞から、現在のポーランドを記す。かつてはヨーロッパの強国であったポーランドであるが、新興国のドイツとロシア(ソ連)に挟まれる地勢条件のため、第一次、第二次大戦時の苦渋は並ではなかった。しかし、絶対に屈しなかったポーランド魂は「今」どうなっているか。少し前(1998年)の本であるため、ロシアの経済状態がかなり悪い時の話である。
軽くポーランドを知りたい人向けの、ガイドブックよりは上、専門書よりは下の本である。
ポーランド大使を務めた外交官による「ポーランドと日本の関わりと、ポーランドについて」の本である。
第一部 ポーランドの善意、日本の善意
日露戦争から現代に到るまでの日本とポーランドの交流について書かれている。14の話が載っているが、そのうち3つがシベリアにいたポーランドの孤児(約700名)関係の話題である。大正時代に孤児を日本の赤十字が助け、国へ送り届けたことが、第2次世界大戦時の交流、そして阪神淡路大震災にまでつながっていく。
第二部 ポーランドのこころ
ポーランドの歴史、特に第二次世界大戦と、それが現在にどう関わっているかについて。
この中にあった「ドイツとの和解」では、「・・・私は、ドイツ人があなたがたに対して行った行為に対し、どうか許して下さいと言いたいと思います」と率直に述べ、ポーランド人に向かって深々と頭を下げたドイツ大統領ヘルツォーグの話が最も印象的だった。この言葉を聞いたポーランド人の「長いこと胸につかえていたものがやっと取れた感じがした」「この言葉を聞けただけでも長生きの甲斐があった」という感想に、日本人なら何を思うべきだろうか。
第三部 素顔のポーランド
現地に長期滞在する外交官ならではの体験、見聞から、現在のポーランドを記す。かつてはヨーロッパの強国であったポーランドであるが、新興国のドイツとロシア(ソ連)に挟まれる地勢条件のため、第一次、第二次大戦時の苦渋は並ではなかった。しかし、絶対に屈しなかったポーランド魂は「今」どうなっているか。少し前(1998年)の本であるため、ロシアの経済状態がかなり悪い時の話である。
軽くポーランドを知りたい人向けの、ガイドブックよりは上、専門書よりは下の本である。
2007年11月18日
『シルクロードの経済人類学』日本とキルギスを繋ぐ文化の謎 栗本慎一郎
★★★☆☆
単にここ最近出たシルクロード関連の本を借りたつもりだった。のだが、本を手に取って、先ず、著者名に驚き、次いで開いて読んだ中身にびっくりした。
政治家やめた栗本慎一郎さんに、騎馬遊牧民族日本到来説じゃないか。
随分異質な組み合わせに見えたが、今までの著書一覧からするとどうもかなり前からこれに手を付けていたようだ。
私も日本に騎馬遊牧民族が来ていると思っている。
何故なら、中央アジアの言語(チュルク系言語)と日本語には明らかに文法に類似性がある(中国語とはいっさいない)し、朝鮮民族も騎馬遊牧民族系なのだ。キルギスやトルコ(チュルク系言語使用民族)で「日本人とはかつて兄弟だった」と言われているのもある。遺伝的にも類似性があるようだし(これは今後確認する)、無関係であるとするのは間違いだ。
ただ、勿論、騎馬遊牧民族だけで「日本人」ができているワケではない。島国で孤立していたという常識が既に非常識な見方であるだけで、日本人も日本の文化も、決して単一では成り立っていないというだけのことだ。
1万2千年続いた縄文時代にも北方、南方、長江流域など、方々から人々がこの島に到来している。それに稲を携えた弥生人(恐らく長江流域の人々)、朝鮮半島や中国からの渡来人、朝鮮半島(もしくは渤海)経由の騎馬遊牧民族が加わり、混ざり、「日本人」となったのだろう。(ハワイのように太平洋のど真ん中で孤立している場所くらいでないと、「単一」は不可能だ。そして、人はあのハワイにすら到達しているのだ)
栗本氏の主張は近年よく耳にするテーマだ。
日本の歴史を島という範囲だけで捉えるのではなく、ユーラシア大陸との関連、特に中央アジアの動きとの関わりに注目して見直そう、というものだ。前に取り上げた『黄金国家』でも同じ主張がなされていた。(但し、『黄金国家』で視点が拡大されているのは、「渤海」まで)
栗本氏が発掘調査を進めているのは、キルギス。著者はそこで現地の人にキルギス人と間違えられて道を尋ねられている。(つまり、彼らと私達は似ている)
著書のタイトルにある「シルクロード」はオアシスを通って長安に到るメジャーな道程ではない。この「シルクロード」は地図上では中国の版図より上、騎馬遊牧民族が跋扈したルートを通る「草原の道」を示す。ドイツ人が絹の道と名付けたそちらの道より、草原の道の方が楽なルートであり、シルクロードのメインはこちらであったと著者は主張する。確かにそちらの方が楽な道程だ。騎馬遊牧民族は今も昔も商売には聡い。
十二分にあり得る話だ。
ここまではいい。
だが、これに、奈良の古墳や寺院にはペルセポリスと同じ「聖方位」がある、蘇我氏は騎馬遊牧民族だと付け加えられてしまうと、いわゆる歴史家からは弾かれてしまう内容になってしまう。(アシュケナージ・ユダヤまで持ち出してて、余計に不味い)
この本の内容は、取り敢えず頭の片隅にでも置いておいて、日本人の成り立ちについて知るために、そのうち以下の本を読むことにしよう。
『DNAが解き明かす日本人の系譜』『長江文明の謎』『古代朝鮮と倭族』『古代中国と倭族』
あ、あと、南洋州と縄文人の関係も見ないと。
単にここ最近出たシルクロード関連の本を借りたつもりだった。のだが、本を手に取って、先ず、著者名に驚き、次いで開いて読んだ中身にびっくりした。
政治家やめた栗本慎一郎さんに、騎馬遊牧民族日本到来説じゃないか。
随分異質な組み合わせに見えたが、今までの著書一覧からするとどうもかなり前からこれに手を付けていたようだ。
私も日本に騎馬遊牧民族が来ていると思っている。
何故なら、中央アジアの言語(チュルク系言語)と日本語には明らかに文法に類似性がある(中国語とはいっさいない)し、朝鮮民族も騎馬遊牧民族系なのだ。キルギスやトルコ(チュルク系言語使用民族)で「日本人とはかつて兄弟だった」と言われているのもある。遺伝的にも類似性があるようだし(これは今後確認する)、無関係であるとするのは間違いだ。
ただ、勿論、騎馬遊牧民族だけで「日本人」ができているワケではない。島国で孤立していたという常識が既に非常識な見方であるだけで、日本人も日本の文化も、決して単一では成り立っていないというだけのことだ。
1万2千年続いた縄文時代にも北方、南方、長江流域など、方々から人々がこの島に到来している。それに稲を携えた弥生人(恐らく長江流域の人々)、朝鮮半島や中国からの渡来人、朝鮮半島(もしくは渤海)経由の騎馬遊牧民族が加わり、混ざり、「日本人」となったのだろう。(ハワイのように太平洋のど真ん中で孤立している場所くらいでないと、「単一」は不可能だ。そして、人はあのハワイにすら到達しているのだ)
栗本氏の主張は近年よく耳にするテーマだ。
日本の歴史を島という範囲だけで捉えるのではなく、ユーラシア大陸との関連、特に中央アジアの動きとの関わりに注目して見直そう、というものだ。前に取り上げた『黄金国家』でも同じ主張がなされていた。(但し、『黄金国家』で視点が拡大されているのは、「渤海」まで)
栗本氏が発掘調査を進めているのは、キルギス。著者はそこで現地の人にキルギス人と間違えられて道を尋ねられている。(つまり、彼らと私達は似ている)
著書のタイトルにある「シルクロード」はオアシスを通って長安に到るメジャーな道程ではない。この「シルクロード」は地図上では中国の版図より上、騎馬遊牧民族が跋扈したルートを通る「草原の道」を示す。ドイツ人が絹の道と名付けたそちらの道より、草原の道の方が楽なルートであり、シルクロードのメインはこちらであったと著者は主張する。確かにそちらの方が楽な道程だ。騎馬遊牧民族は今も昔も商売には聡い。
十二分にあり得る話だ。
ここまではいい。
だが、これに、奈良の古墳や寺院にはペルセポリスと同じ「聖方位」がある、蘇我氏は騎馬遊牧民族だと付け加えられてしまうと、いわゆる歴史家からは弾かれてしまう内容になってしまう。(アシュケナージ・ユダヤまで持ち出してて、余計に不味い)
この本の内容は、取り敢えず頭の片隅にでも置いておいて、日本人の成り立ちについて知るために、そのうち以下の本を読むことにしよう。
『DNAが解き明かす日本人の系譜』『長江文明の謎』『古代朝鮮と倭族』『古代中国と倭族』
あ、あと、南洋州と縄文人の関係も見ないと。
2006年11月19日
『モンゴル襲来の衝撃』佐伯弘次
★★★☆☆
日本の中世シリーズの6.
元寇を取り扱っていて、どちらかといえば「考古」資料に力を入れて書いている。
元寇の前は宋と、宋が滅びて元寇があった後は元と。
日本は盛んに交易をしている。
政治と経済、外交と文化交流は切り離されている。
私としては、もう少し、鎌倉幕府が元に対してあれほど頑なだった背景に、当時日本の為政者達に大きな影響を与える存在であった宋の「禅僧」たちがいた、という点に頁を裂いて欲しかった。(宋はモンゴルに攻められ、滅ぼされている)が、指摘をしていただけ、まだ今までの元寇の説明よりもマシであろう。
そして、今でもまだ古い学者の中では「神風」が2度吹いたとされていると紹介されていることに呆れた。
2度の元寇で、初めの文永の役の時は神風は吹いていない。
弘安の役のときにたまたま吹いたのだ。
というのが、既に常識となっていると思ったのだが、まだそうじゃないんだな。
この本でも、神風をやたらと強調して、うちの神社のおかげだ、俺のところの寺が祈祷したから、と主張しまくって、恩賞を盛んにぶんどっていた寺社の様子がたくさん紹介されていた。
どうもこれらの強調が、2度の神風思想定着につながっているらしい。
確かに、日本は多神教の、八百万の神々のおわす国だが、外敵に力を示すために「神国」との表現を用いるのはおかしい。なぜなら、国内でしか意味(力)を持たないのが自国(一国)の神なのだから。
対外的にも神国なら、前の戦争でも負けなかっただろう。
日本には元寇の前から宋人が「交易」のために博多に多数居住していた。宋人との婚姻もごく普通にあった。宋の滅亡前後には、宋から日本への移住者も増えたようだ。
朝鮮半島の百済が滅んだ時は百済から、宋が滅んだ時は宋から。
日本はかつて大陸居住者の亡命地であったのだ。
そして、日本は文化・経済・政治、あらゆる面で常に大陸の影響を受け続けている。
ここ最近、定着しつつある東アジア全体の中で「日本の歴史」を捉えようとする見方は、この本が主張するように、今後ももっと進めるべきだろう。
日本の中世シリーズの6.
元寇を取り扱っていて、どちらかといえば「考古」資料に力を入れて書いている。
元寇の前は宋と、宋が滅びて元寇があった後は元と。
日本は盛んに交易をしている。
政治と経済、外交と文化交流は切り離されている。
私としては、もう少し、鎌倉幕府が元に対してあれほど頑なだった背景に、当時日本の為政者達に大きな影響を与える存在であった宋の「禅僧」たちがいた、という点に頁を裂いて欲しかった。(宋はモンゴルに攻められ、滅ぼされている)が、指摘をしていただけ、まだ今までの元寇の説明よりもマシであろう。
そして、今でもまだ古い学者の中では「神風」が2度吹いたとされていると紹介されていることに呆れた。
2度の元寇で、初めの文永の役の時は神風は吹いていない。
弘安の役のときにたまたま吹いたのだ。
というのが、既に常識となっていると思ったのだが、まだそうじゃないんだな。
この本でも、神風をやたらと強調して、うちの神社のおかげだ、俺のところの寺が祈祷したから、と主張しまくって、恩賞を盛んにぶんどっていた寺社の様子がたくさん紹介されていた。
どうもこれらの強調が、2度の神風思想定着につながっているらしい。
確かに、日本は多神教の、八百万の神々のおわす国だが、外敵に力を示すために「神国」との表現を用いるのはおかしい。なぜなら、国内でしか意味(力)を持たないのが自国(一国)の神なのだから。
対外的にも神国なら、前の戦争でも負けなかっただろう。
日本には元寇の前から宋人が「交易」のために博多に多数居住していた。宋人との婚姻もごく普通にあった。宋の滅亡前後には、宋から日本への移住者も増えたようだ。
朝鮮半島の百済が滅んだ時は百済から、宋が滅んだ時は宋から。
日本はかつて大陸居住者の亡命地であったのだ。
そして、日本は文化・経済・政治、あらゆる面で常に大陸の影響を受け続けている。
ここ最近、定着しつつある東アジア全体の中で「日本の歴史」を捉えようとする見方は、この本が主張するように、今後ももっと進めるべきだろう。
posted by アリノリ at 19:11| Comment(0)
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