★★★☆☆
『家守奇譚』の続きが出ているとは知らず、本屋で見掛けて慌てて本書を購入した。2013年10月初版で私が手に取ったのが六版なので、それなりに売れているようだ。
主人公の綿貫征四郎を含めて登場人物は前の『家守奇譚』とほぼ変わらない。完全な続き物であるため、『家守奇譚』を読まねば、友人の高堂や犬のゴロー、その他のあれやこれやも「?」となってしまうだろう。先に『家守奇譚』を読んでからこの本に手を出すべきだろう。『村田エフェンディ滞土録』を読むと尚良い。
始まりも終わりもあるようなないような短編が積み重なって、一つの重層的な世界と物語が形作られていく。人とそれ以外の境界が曖昧であるが、幻想的と形容するにはやや現実的な話でもある。明確な解決や解答は得られないため、ゆらゆらしたようなものが嫌いな人にはおススメできない。
流れ行く川の所々にある石のような話だと私は思う。
水量が多過ぎると見えなくなって「ない」ようであるのに、雨が減れば確かにそこにあって硬く、水の流れを割っている。それでいながら、徐々に徐々に水に削られてゆく不確かなもの。
世の中も多分そんなものなのだろう、と思う。
2014年02月09日
2013年12月31日
『はなとゆめ』 冲方丁
★★★☆☆
冲方氏による清少納言小説ということで、近場の本屋に寄って買おうとしたら見当たらなかった。『光圀伝』が平積みになっていたから周辺にあるだろうと思ったのに、ない。店員さんに尋ねたら、タイトルから「漫画ですか?」と聞き返された。探してもらったところ、離れた新刊コーナーに「1冊だけ」あった。入荷自体も1冊だけだったらしく、著者の冲方氏ではなく清少納言に対する扱いの低さに驚きを覚えた。恐らく歴史小説が好きな男性が「読まない」と判断しての入荷の少なさだろうが、歴史上の女性に対する扱いの悪さも反映しているようで何となく嫌な感じだった。
(ちなみにその本屋は某○タヤだが)
清少納言の小説を読むのはこれが初めてである。他にも幾つかあるが、未読で比較はできない。また冲方氏の本もこれが初見。
割と楽しく読めたのだが、結論としては「特に目新しい清少納言ではない」である。
元から抱いているイメージを壊すことはなかった。うん、普通。
今までヒットを飛ばしている冲方氏からだ、と期待していた分、ちょっと残念かなとも思うが、まあ、未読の天地明察も多分読んだら同じ感想を抱くのだろう。
冲方氏による清少納言小説ということで、近場の本屋に寄って買おうとしたら見当たらなかった。『光圀伝』が平積みになっていたから周辺にあるだろうと思ったのに、ない。店員さんに尋ねたら、タイトルから「漫画ですか?」と聞き返された。探してもらったところ、離れた新刊コーナーに「1冊だけ」あった。入荷自体も1冊だけだったらしく、著者の冲方氏ではなく清少納言に対する扱いの低さに驚きを覚えた。恐らく歴史小説が好きな男性が「読まない」と判断しての入荷の少なさだろうが、歴史上の女性に対する扱いの悪さも反映しているようで何となく嫌な感じだった。
(ちなみにその本屋は某○タヤだが)
清少納言の小説を読むのはこれが初めてである。他にも幾つかあるが、未読で比較はできない。また冲方氏の本もこれが初見。
割と楽しく読めたのだが、結論としては「特に目新しい清少納言ではない」である。
元から抱いているイメージを壊すことはなかった。うん、普通。
今までヒットを飛ばしている冲方氏からだ、と期待していた分、ちょっと残念かなとも思うが、まあ、未読の天地明察も多分読んだら同じ感想を抱くのだろう。
2013年11月04日
『剣と紅』 高殿円
★★★★☆
遠江の井伊谷(いいのや)を本拠地とする井伊氏は、教科書的な有名人として大老「井伊直弼」がいる。幕末の尊王攘夷派に対する弾圧で知られ、桜田門外の変で殺された井伊の評価はイマイチ低い。が、では、どうして「井伊直弼」が「大老」職に就任できたのか。それは彼が井伊の者だからである。井伊氏は近江彦根藩藩主で江戸幕府の譜代大名であった。江戸幕府の政治は主にこの*「譜代」出の「老中」らによって動かされていた。(*例外も多くある)
井伊家初代は平安末期の共保とされ、その一族の歴史は古い。およそ五百年にわたり井伊谷を治める地方豪族であった井伊氏は、しかし、あまたの名族が滅んだ戦国時代に危機を迎える。
南北朝時代に井伊氏は南朝の皇子を迎えて南朝側についたが、北朝側に破れ、遠江の守護となった今川氏の配下に置かれるようになる。しかし、駿河に拠点のある今川からは南北朝以来の反今川色の強さから常に警戒され、桶狭間の戦いでは当主の井伊直盛が義元とともに討たれてしまう。次代を継承するはずの直親も謀反を企てた(=織田と同盟を結んだ徳川家康に通じた)として今川氏真に殺され、その嫡男の直政はまだ幼かった。ために、井伊当主となったのが、この本の主人公である女地頭「井伊直虎」であった。
彼女は戦国時代において存在が確かな、女領主である。彼女は直親の息子直政を養子とし、彼が成長するまでの間の中継ぎとして井伊家当主となった。戦国時代の女領主でありながら、さほど知名度がないのは、彼女が一度も戦場で戦っていないからである。井伊谷が武田に攻められたときは、戦わずに逃げている。
ただ一度でも戦場で勝利を収めていれば、大いに注目も浴びたのだろうが、彼女にはそれがない。しかし、彼女は自分の役割はしっかと果たした。
彼女の役目は「井伊家を存続」させること、その一点である。
長い歴史を誇る井伊家は直虎のときが最大の危機であった。後継者は幼く、頼りになる重臣らは直盛とともに桶狭間で討死、今川には危険視され、家中には不穏な気配がある。
家臣であった小野氏に一時井伊谷城を奪われるものの、直虎は直政を守り切り、井伊家再興に成功する。しかも、直政の代に井伊家は近江彦根藩の大大名にまで立身出世を遂げるのだ。
彼女の成功の要因はただ1つ、「徳川家康」の遠江進出であった。
直政が家康の小姓となり、徳川家中で名をあげることで、井伊家は再興と存続ばかりか、大大名の地位まで手に入れた。滅亡の危機を迎えながらも井伊家が存続できたのは、この徳川家康についたことが大きい。
家康の方にも遠江進出には地元の勢力を味方につける必要があり、直親は家康との関係を疑われて殺されてしまった負い目もあった。それでも、家康の小姓になれば家が安泰、出世も望みのままなどとことはない。直虎の代には、井伊家にはさしたる手勢もいなかったのだ。直政はほとんど身一つで成り上がったに等しい。
では、徳川四天王に数え上げられる井伊直政の養母井伊直虎とはどのような女性であったか。戦国時代の女性にしては情報が残っている方ではあるが、実体はよく分からない。
この『剣と紅』では、直虎に凶事を予見する能力を持たせ、彼女の生涯を綴っていく。
悪いことが起きるとき、彼女には黒い靄のようなものが見える。それ故、彼女は先見の能がある「小法師」として井伊谷の住民に崇められる、が。
全体の流れは史実に添いながらも、婚姻関係に多少の創作を加えて、「剣を持たない」女の戦いが後半のメインとなる。この本のように女を介しての「血」の「繋がり」は戦術同様に重要である。戦国時代の女性はよく道具のように使われる悲劇ばかりが強調されるが、女がいなければ子は生まれない。生まれた子は二つの家を繋ぐ絆となり、上手く使えば勢力の拡大に繋がるが、下手をすればそれで滅びてしまう。
「女」にはそれだけの力がある。
『剣と紅』の直虎はそれを用いて、井伊家の存続をはかる。
彼女について直政が家康に語る、という形式で話は進む。家康が登場するたびに直政に叱られているのが、妙にかわいかったりするので、家康好きとしてはそこも楽しめた。
マイナーな女領主を主人公としていて、歴史に興味がない人には直虎の父直盛、従弟の直親、養子の直政などの似た名前の羅列はきついだろうが、面白い歴史小説であった。
お家の存続のため、直虎が養子とした直政は、かつての許嫁直親が別の女性との間につくった子だ。結婚するはずだった男が別の女との間に生した子を守り育てたのはれっきとした史実。
その観点から女性が読んでも面白い作品になっているのではないだろうか。
遠江の井伊谷(いいのや)を本拠地とする井伊氏は、教科書的な有名人として大老「井伊直弼」がいる。幕末の尊王攘夷派に対する弾圧で知られ、桜田門外の変で殺された井伊の評価はイマイチ低い。が、では、どうして「井伊直弼」が「大老」職に就任できたのか。それは彼が井伊の者だからである。井伊氏は近江彦根藩藩主で江戸幕府の譜代大名であった。江戸幕府の政治は主にこの*「譜代」出の「老中」らによって動かされていた。(*例外も多くある)
井伊家初代は平安末期の共保とされ、その一族の歴史は古い。およそ五百年にわたり井伊谷を治める地方豪族であった井伊氏は、しかし、あまたの名族が滅んだ戦国時代に危機を迎える。
南北朝時代に井伊氏は南朝の皇子を迎えて南朝側についたが、北朝側に破れ、遠江の守護となった今川氏の配下に置かれるようになる。しかし、駿河に拠点のある今川からは南北朝以来の反今川色の強さから常に警戒され、桶狭間の戦いでは当主の井伊直盛が義元とともに討たれてしまう。次代を継承するはずの直親も謀反を企てた(=織田と同盟を結んだ徳川家康に通じた)として今川氏真に殺され、その嫡男の直政はまだ幼かった。ために、井伊当主となったのが、この本の主人公である女地頭「井伊直虎」であった。
彼女は戦国時代において存在が確かな、女領主である。彼女は直親の息子直政を養子とし、彼が成長するまでの間の中継ぎとして井伊家当主となった。戦国時代の女領主でありながら、さほど知名度がないのは、彼女が一度も戦場で戦っていないからである。井伊谷が武田に攻められたときは、戦わずに逃げている。
ただ一度でも戦場で勝利を収めていれば、大いに注目も浴びたのだろうが、彼女にはそれがない。しかし、彼女は自分の役割はしっかと果たした。
彼女の役目は「井伊家を存続」させること、その一点である。
長い歴史を誇る井伊家は直虎のときが最大の危機であった。後継者は幼く、頼りになる重臣らは直盛とともに桶狭間で討死、今川には危険視され、家中には不穏な気配がある。
家臣であった小野氏に一時井伊谷城を奪われるものの、直虎は直政を守り切り、井伊家再興に成功する。しかも、直政の代に井伊家は近江彦根藩の大大名にまで立身出世を遂げるのだ。
彼女の成功の要因はただ1つ、「徳川家康」の遠江進出であった。
直政が家康の小姓となり、徳川家中で名をあげることで、井伊家は再興と存続ばかりか、大大名の地位まで手に入れた。滅亡の危機を迎えながらも井伊家が存続できたのは、この徳川家康についたことが大きい。
家康の方にも遠江進出には地元の勢力を味方につける必要があり、直親は家康との関係を疑われて殺されてしまった負い目もあった。それでも、家康の小姓になれば家が安泰、出世も望みのままなどとことはない。直虎の代には、井伊家にはさしたる手勢もいなかったのだ。直政はほとんど身一つで成り上がったに等しい。
では、徳川四天王に数え上げられる井伊直政の養母井伊直虎とはどのような女性であったか。戦国時代の女性にしては情報が残っている方ではあるが、実体はよく分からない。
この『剣と紅』では、直虎に凶事を予見する能力を持たせ、彼女の生涯を綴っていく。
悪いことが起きるとき、彼女には黒い靄のようなものが見える。それ故、彼女は先見の能がある「小法師」として井伊谷の住民に崇められる、が。
全体の流れは史実に添いながらも、婚姻関係に多少の創作を加えて、「剣を持たない」女の戦いが後半のメインとなる。この本のように女を介しての「血」の「繋がり」は戦術同様に重要である。戦国時代の女性はよく道具のように使われる悲劇ばかりが強調されるが、女がいなければ子は生まれない。生まれた子は二つの家を繋ぐ絆となり、上手く使えば勢力の拡大に繋がるが、下手をすればそれで滅びてしまう。
「女」にはそれだけの力がある。
『剣と紅』の直虎はそれを用いて、井伊家の存続をはかる。
彼女について直政が家康に語る、という形式で話は進む。家康が登場するたびに直政に叱られているのが、妙にかわいかったりするので、家康好きとしてはそこも楽しめた。
マイナーな女領主を主人公としていて、歴史に興味がない人には直虎の父直盛、従弟の直親、養子の直政などの似た名前の羅列はきついだろうが、面白い歴史小説であった。
お家の存続のため、直虎が養子とした直政は、かつての許嫁直親が別の女性との間につくった子だ。結婚するはずだった男が別の女との間に生した子を守り育てたのはれっきとした史実。
その観点から女性が読んでも面白い作品になっているのではないだろうか。
2013年09月16日
『天を裂く』水野勝成放浪記 大塚卓嗣
★★★★☆
水野勝成と聞いて誰だか分かったら、戦国武将にまあまあ通じていると言えると思う。彼が藩主であった安芸備後(広島)の福山藩においては有能な初代藩主として知られているようだが、全国的な知名度は低い。
しかし、水野勝成の戦歴及び人生は戦国時代を駆け抜けた「婆娑羅」と呼ぶに相応しいものだ。
彼の生まれは三河の刈谷。
父は水野忠重。
その父の姉が徳川家康の生母於大の方。
つまり、水野勝成は「徳川家康の従兄弟」なのである。
水野家は織田と松平に挟まれた地を治めており、独立勢力として力を持っていた時期もあったが、忠重の先代信元が殺されて以降、力を弱め、忠重の代から武勇で織田信長に仕えていた。
本能寺以降は徳川に寄り、小牧長久手の後には豊臣と織田家旧臣らしい道のりを経て、関ケ原・大坂の陣では家康につき、戦の世を生き残る。
だが、水野勝成が参戦した戦いは四国・九州地方にもある。
これは勝成が小牧長久手後に父親に勘当された上、「奉公構」によって、他大名への士官を禁じられたためである。この奉公構は武士にとっては「仕事ができない」過酷な処置であり、勝成は実の父親によって働く場を奪われたのだ。理由は彼が家来を斬ったからとされる。
彼は父親の影響力が及ばない豊臣家に仕えたものの、そこでもトラブルを起こし、逃亡。一説には秀吉に追手を出され、名を六左衛門として九州まで逃れたとされる。その間に仕えた大名は、佐々成政、小西行長、加藤清正、黒田長政。黒田長政が秀吉のもとへ向かう船旅の途中で姿をくらまし、以後、消息が不明となる。彼が再び登場するのは、秀吉の死去後である。従弟の家康について、関ケ原・大坂の陣に参戦。譜代最高の10万石を得て、福山藩初代藩主となり、善政を敷く。長命で島原の乱にも子、孫と参戦している。
「天を裂く」は天正壬午の乱の趨勢を決めた黒駒合戦から始まり、上記の史実?にほぼ忠実に添って進む。水野勝成の周囲に現れるのは、徳川家康、井伊直政、今川氏真、石田三成らと彼が仕えた各大名達である。各登場人物に著者は独自の解釈による個性を持たせつつ話を進ませていくが、面白いのは勝成に強い影響を与えた人物を三村親宣としている点だ。
あまり知られていない水野勝成にもっと知られていない三村親宣を使ってくるのが、個人的に良かった。ので、★4つ。
徳川家康の従兄弟であったため、最終的に勝ち組になり、さらに善政を敷いたのが面白みに欠けるのか、水野勝成は小説の主人公としてほとんど書かれて来なかった。が、傍から見ても、これほど漫画向きの戦国武将はいないだろう。
実際のところがほとんど分からない前田慶次より、よほど水野勝成の方が「生きがいい」と思うのだが、さて、この「風流な」材料を使う著者はもう現れないのか。少し期待してみたい。
水野勝成と聞いて誰だか分かったら、戦国武将にまあまあ通じていると言えると思う。彼が藩主であった
しかし、水野勝成の戦歴及び人生は戦国時代を駆け抜けた「婆娑羅」と呼ぶに相応しいものだ。
彼の生まれは三河の刈谷。
父は水野忠重。
その父の姉が徳川家康の生母於大の方。
つまり、水野勝成は「徳川家康の従兄弟」なのである。
水野家は織田と松平に挟まれた地を治めており、独立勢力として力を持っていた時期もあったが、忠重の先代信元が殺されて以降、力を弱め、忠重の代から武勇で織田信長に仕えていた。
本能寺以降は徳川に寄り、小牧長久手の後には豊臣と織田家旧臣らしい道のりを経て、関ケ原・大坂の陣では家康につき、戦の世を生き残る。
だが、水野勝成が参戦した戦いは四国・九州地方にもある。
これは勝成が小牧長久手後に父親に勘当された上、「奉公構」によって、他大名への士官を禁じられたためである。この奉公構は武士にとっては「仕事ができない」過酷な処置であり、勝成は実の父親によって働く場を奪われたのだ。理由は彼が家来を斬ったからとされる。
彼は父親の影響力が及ばない豊臣家に仕えたものの、そこでもトラブルを起こし、逃亡。一説には秀吉に追手を出され、名を六左衛門として九州まで逃れたとされる。その間に仕えた大名は、佐々成政、小西行長、加藤清正、黒田長政。黒田長政が秀吉のもとへ向かう船旅の途中で姿をくらまし、以後、消息が不明となる。彼が再び登場するのは、秀吉の死去後である。従弟の家康について、関ケ原・大坂の陣に参戦。譜代最高の10万石を得て、福山藩初代藩主となり、善政を敷く。長命で島原の乱にも子、孫と参戦している。
「天を裂く」は天正壬午の乱の趨勢を決めた黒駒合戦から始まり、上記の史実?にほぼ忠実に添って進む。水野勝成の周囲に現れるのは、徳川家康、井伊直政、今川氏真、石田三成らと彼が仕えた各大名達である。各登場人物に著者は独自の解釈による個性を持たせつつ話を進ませていくが、面白いのは勝成に強い影響を与えた人物を三村親宣としている点だ。
あまり知られていない水野勝成にもっと知られていない三村親宣を使ってくるのが、個人的に良かった。ので、★4つ。
徳川家康の従兄弟であったため、最終的に勝ち組になり、さらに善政を敷いたのが面白みに欠けるのか、水野勝成は小説の主人公としてほとんど書かれて来なかった。が、傍から見ても、これほど漫画向きの戦国武将はいないだろう。
実際のところがほとんど分からない前田慶次より、よほど水野勝成の方が「生きがいい」と思うのだが、さて、この「風流な」材料を使う著者はもう現れないのか。少し期待してみたい。
2013年09月15日
『縄文の家殺人事件』風野真知雄
★★☆☆☆
歴史探偵・月村弘平の事件簿と副題があって、どうやらシリーズ化されている推理ものらしい。前に同じ著者の『黒牛と妖怪』が面白かったため、新幹線での時間潰し用に買って読んだ。
「止めておけば良かった…」(ー'`ー ; )
タイトルから縄文時代に関連した殺人ものなのは分かっていた。歴史をどう使ってくるのか期待しつつ読んだのだが、正直、縄文との絡ませ方がかなりイマイチな上に殺人事件を解決するカタルシスも低い。前作を知らないのもあろうが、シリーズ故に登場人物の出し方が中途半端というか何というか。誰一人としてその立ち位置に感情移入できなかった。
主人公が歴史関係の仕事をしていて、その縄文時代の「縄」や「前方後円墳」に関する考えにはふむふむと思ったので、★二つ。
歴史探偵・月村弘平の事件簿と副題があって、どうやらシリーズ化されている推理ものらしい。前に同じ著者の『黒牛と妖怪』が面白かったため、新幹線での時間潰し用に買って読んだ。
「止めておけば良かった…」(ー'`ー ; )
タイトルから縄文時代に関連した殺人ものなのは分かっていた。歴史をどう使ってくるのか期待しつつ読んだのだが、正直、縄文との絡ませ方がかなりイマイチな上に殺人事件を解決するカタルシスも低い。前作を知らないのもあろうが、シリーズ故に登場人物の出し方が中途半端というか何というか。誰一人としてその立ち位置に感情移入できなかった。
主人公が歴史関係の仕事をしていて、その縄文時代の「縄」や「前方後円墳」に関する考えにはふむふむと思ったので、★二つ。
2013年01月06日
白狐魔記『元禄の雪』斉藤洋
★★★★☆
白狐魔丸シリーズの六冊目。
元禄の雪というタイトルが既に前の巻で予告されていたため、次は赤穂浪士の討ち入りだと先に分かっていた巻である。
白狐魔記シリーズらしく、吉良のみを悪役にする単純な話には当然なってはいない。だいたい、吉良が悪役として定型化したのは、「歌舞伎」のせいである。そのためか、著者は主役の白狐魔丸に観劇に興味を持たせ、話に歌舞伎を絡めつつ、先に情緒不安定な浅野内匠頭と会わせることで、刃傷沙汰の要因を吉良ではなく浅野の方に傾かせている。また、通常なら大石内蔵助あたりと白狐魔丸を知り合いにさせるところを、大石ではなく大高源吾にしているのも、このシリーズの持ち味だ。
そうして書き出される「討ち入り」は江戸幕府の支配者としてのしたたかさと腹黒さも取り込んでいて、なかなか興味深い。同じキツネの雅姫の出番も多く、赤穂浪士側の「矛盾」や「卑怯な点」もしっかと指摘しているのも卒がない。
次巻の予告はなかったが、以下続刊とあったので、まだ白狐魔丸は「嫌い」な武士の時代を見続けるようだ。幕末だろうな…、二年くらいは待つ…のか、と次を予想しつつ、既に待ちの体勢に入ったいちファンである。
白狐魔丸シリーズの六冊目。
元禄の雪というタイトルが既に前の巻で予告されていたため、次は赤穂浪士の討ち入りだと先に分かっていた巻である。
白狐魔記シリーズらしく、吉良のみを悪役にする単純な話には当然なってはいない。だいたい、吉良が悪役として定型化したのは、「歌舞伎」のせいである。そのためか、著者は主役の白狐魔丸に観劇に興味を持たせ、話に歌舞伎を絡めつつ、先に情緒不安定な浅野内匠頭と会わせることで、刃傷沙汰の要因を吉良ではなく浅野の方に傾かせている。また、通常なら大石内蔵助あたりと白狐魔丸を知り合いにさせるところを、大石ではなく大高源吾にしているのも、このシリーズの持ち味だ。
そうして書き出される「討ち入り」は江戸幕府の支配者としてのしたたかさと腹黒さも取り込んでいて、なかなか興味深い。同じキツネの雅姫の出番も多く、赤穂浪士側の「矛盾」や「卑怯な点」もしっかと指摘しているのも卒がない。
次巻の予告はなかったが、以下続刊とあったので、まだ白狐魔丸は「嫌い」な武士の時代を見続けるようだ。幕末だろうな…、二年くらいは待つ…のか、と次を予想しつつ、既に待ちの体勢に入ったいちファンである。
2012年10月14日
『泣き虫弱虫諸葛孔明』第参部 酒見賢一
★★★★☆
帯でいよいよ佳境にとあるが、その佳境にあたる「赤壁の戦い」自体が実はどこで行われてどう展開したのかもよく分からない、との説明に「あー、やっぱ、そんなもんだよねー」と思うのがこの本の醍醐味だと思う。
三国志って日本で言う卑弥呼と同じ時代だもの。邪馬台国の場所が分からないように、赤壁も正確な位置が分からないのだ。あの中国にある「赤壁」って書いてある所はここだったらいいな、という場所。これ同様、三国志は「よく分からん」で終わってしまっていいネタががてんこもりというか、正直、それしかない、んだよな。時代的な制約だからしょうがない。
そこを工夫で乗り越えようと試みているのが、この『泣き虫弱虫諸葛孔明』であり、フィクションをとてもフィクションらしく書いている良作である。但し、冗談の通じない人には絶対にお薦めできない作品でもある。
相変わらず、諸葛孔明は変な人で、劉備玄徳もカリスマはあれども妙な人で、関羽と張飛は明らかに人外。そんな彼らに割を食わされるのが、ヤクザ集団の呉。特にその中の周瑜はとても酷い目に遭っている。てゆーか、所詮、中国も日本も「武将」はみなヤクザみたいなもんだよな。親分を張れない人が荒くれ武人たちのトップに立てるワケがない。
そーゆーノリが平気な人にはお薦め。
次が(何年後になるんだろうか…)楽しみだ。
帯でいよいよ佳境にとあるが、その佳境にあたる「赤壁の戦い」自体が実はどこで行われてどう展開したのかもよく分からない、との説明に「あー、やっぱ、そんなもんだよねー」と思うのがこの本の醍醐味だと思う。
三国志って日本で言う卑弥呼と同じ時代だもの。邪馬台国の場所が分からないように、赤壁も正確な位置が分からないのだ。あの中国にある「赤壁」って書いてある所はここだったらいいな、という場所。これ同様、三国志は「よく分からん」で終わってしまっていいネタががてんこもりというか、正直、それしかない、んだよな。時代的な制約だからしょうがない。
そこを工夫で乗り越えようと試みているのが、この『泣き虫弱虫諸葛孔明』であり、フィクションをとてもフィクションらしく書いている良作である。但し、冗談の通じない人には絶対にお薦めできない作品でもある。
相変わらず、諸葛孔明は変な人で、劉備玄徳もカリスマはあれども妙な人で、関羽と張飛は明らかに人外。そんな彼らに割を食わされるのが、ヤクザ集団の呉。特にその中の周瑜はとても酷い目に遭っている。てゆーか、所詮、中国も日本も「武将」はみなヤクザみたいなもんだよな。親分を張れない人が荒くれ武人たちのトップに立てるワケがない。
そーゆーノリが平気な人にはお薦め。
次が(何年後になるんだろうか…)楽しみだ。
2012年07月30日
『刑務所図書館の人びと』ハーバードを出て司書になった男の日記 アヴィ・スタインバーグ
★★★★☆
原題「Running the Books:The Adventures of an Accidental Prison Librarian」
古本市で見つけて購入。
日本語のタイトルには「日記」とあるが、何月何日に何々があって、という書かれ方はしていない。また副題で「ハーバード」とわざわざ出しているが、多少問題があっても本文中で著者がそこに大いに触れているのだから、「(元?)正統派ユダヤ教徒」の部分も欲しかったのではなかろうか。
著者はばりばりの正統派ユダヤ教徒の家に生まれ、同じ宗派に属する人達はみな医者か弁護士かラビ、というエリートしかいないという環境に育ったのに、刑務所図書館の司書になった。高校生のときまでは将来は「ラビ」を目指すほど宗教にどっぷり嵌っていたが、ハーバード大学でエリート路線からドロップアウトし、卒業後は新聞で死亡記事を書く仕事に就いていた。勿論、葉っぱ(マリファナ)ではあるが薬にも手を出している。(オバマ大統領もしたことがあると告白したように、アメリカでマリファナを経験していない若者を探すのは難しい)
そんな彼が「死亡」記事を書くのに(経済的に)もうんざりして就職しようと決めたのが、刑務所図書館であった。
マリファナの反応が出ないように髪をぎりぎりまで短くして、彼は図書館司書の仕事を得た。しかし、そこは、当然、普通の図書館ではない。本を貸す相手は皆、犯罪者であり、図書館は彼らが武器や売買に転用出来る物しかない場所なのだ。
著者は二年で司書の職を辞し、現在は前から志していた物書きとして生活しているようだ。つまり、もともと「書く」人になりたかった、司書の資格を持つ「本好き」な人なので、まったくもって屈強ではない。
ひ弱な図書館司書と犯罪者達の「交流」及び、彼による刑務所という場所についての「観察と考察」、それと正統派ユダヤ教徒であった?自身の「半生」が本書の内容である。
一つ一つ、一人一人のエピソードが面白い上に、著者が非好意的に書くのは犯罪者より刑務官の方であるのが興味深い。533頁の本であるのでいちいちその内容は上げないが、犯罪者たちを観察していて、彼らが「子供」であるのに気付く部分は、ああとなった。
既に子供がいるのに、彼ら自身もまだ「子供」のままで、いっぱしの大人である犯罪者の一人が自分に暴力を振るっていた母親に誉めてもらえると喜ぶ描写に、どこの国でも共通する様々な要因が集約されていると感じた。
刑務所ならではのスラングや造語が多用されているが、訳が工夫(説明)されているので読みやすい。正統ユダヤ教徒と刑務所内部事情も分かって、個人的には一粒で二度美味しい本であった。ただ、犯罪者との心温まる交流やドラマ的な更正物語なぞは期待しない方がいい、とだけは書いておく。
原題「Running the Books:The Adventures of an Accidental Prison Librarian」
古本市で見つけて購入。
日本語のタイトルには「日記」とあるが、何月何日に何々があって、という書かれ方はしていない。また副題で「ハーバード」とわざわざ出しているが、多少問題があっても本文中で著者がそこに大いに触れているのだから、「(元?)正統派ユダヤ教徒」の部分も欲しかったのではなかろうか。
著者はばりばりの正統派ユダヤ教徒の家に生まれ、同じ宗派に属する人達はみな医者か弁護士かラビ、というエリートしかいないという環境に育ったのに、刑務所図書館の司書になった。高校生のときまでは将来は「ラビ」を目指すほど宗教にどっぷり嵌っていたが、ハーバード大学でエリート路線からドロップアウトし、卒業後は新聞で死亡記事を書く仕事に就いていた。勿論、葉っぱ(マリファナ)ではあるが薬にも手を出している。(オバマ大統領もしたことがあると告白したように、アメリカでマリファナを経験していない若者を探すのは難しい)
そんな彼が「死亡」記事を書くのに(経済的に)もうんざりして就職しようと決めたのが、刑務所図書館であった。
マリファナの反応が出ないように髪をぎりぎりまで短くして、彼は図書館司書の仕事を得た。しかし、そこは、当然、普通の図書館ではない。本を貸す相手は皆、犯罪者であり、図書館は彼らが武器や売買に転用出来る物しかない場所なのだ。
著者は二年で司書の職を辞し、現在は前から志していた物書きとして生活しているようだ。つまり、もともと「書く」人になりたかった、司書の資格を持つ「本好き」な人なので、まったくもって屈強ではない。
ひ弱な図書館司書と犯罪者達の「交流」及び、彼による刑務所という場所についての「観察と考察」、それと正統派ユダヤ教徒であった?自身の「半生」が本書の内容である。
一つ一つ、一人一人のエピソードが面白い上に、著者が非好意的に書くのは犯罪者より刑務官の方であるのが興味深い。533頁の本であるのでいちいちその内容は上げないが、犯罪者たちを観察していて、彼らが「子供」であるのに気付く部分は、ああとなった。
既に子供がいるのに、彼ら自身もまだ「子供」のままで、いっぱしの大人である犯罪者の一人が自分に暴力を振るっていた母親に誉めてもらえると喜ぶ描写に、どこの国でも共通する様々な要因が集約されていると感じた。
刑務所ならではのスラングや造語が多用されているが、訳が工夫(説明)されているので読みやすい。正統ユダヤ教徒と刑務所内部事情も分かって、個人的には一粒で二度美味しい本であった。ただ、犯罪者との心温まる交流やドラマ的な更正物語なぞは期待しない方がいい、とだけは書いておく。
2011年11月08日
『ナイチンゲールの沈黙』上下 海堂尊
★☆☆☆☆
東京で買った本を全て宅急便で送ってしまうため、帰りの新幹線で読む用に叔母からこの本を借りた。
「全、然、面白くない」
との評を一緒にくれたので、どの程度「面白くない」かを確かめようと読んでみた。
結果、
「確かに面白くない」
と叔母と同じ結論に達した。
医療ネタと丁々発止の会話はまあ良いのだが、肝心のミステリーが何にもミステリーではない。
簡単過ぎる。
あと文章が下手。
…というか、テレビで放映していた田口・白鳥シリーズの設定と内容の方がまだ良かったなあ。
東京で買った本を全て宅急便で送ってしまうため、帰りの新幹線で読む用に叔母からこの本を借りた。
「全、然、面白くない」
との評を一緒にくれたので、どの程度「面白くない」かを確かめようと読んでみた。
結果、
「確かに面白くない」
と叔母と同じ結論に達した。
医療ネタと丁々発止の会話はまあ良いのだが、肝心のミステリーが何にもミステリーではない。
簡単過ぎる。
あと文章が下手。
…というか、テレビで放映していた田口・白鳥シリーズの設定と内容の方がまだ良かったなあ。
2011年01月11日
『セドナ、鎮まりてあれかし』泉和良
★☆☆☆☆
話は悪くないのだが、作中で主張されている作者のプチ右翼的思想が気に入らなかったので、★1つ。
ここ最近、SFを読んでいなかったので、12月に試しにと手に取った本である。
ナノマシン、遺骨収集あたりの言葉に引かれて買ってみたのだが、SFとしては読み易過ぎて物足りなかった。
個人的にはナノマシンはロボット以上に今後の軍事、産業、医療分野で大いに注目すべき、そして、SFで活躍するべきシロモノで、この作品のような使い方(ネタバレにつき書きません)もありだとは思うのだが、作品の都合(もしくは著者の知識の都合)上、ナノマシンの技術的側面にいっさい触れていないので、そこが詰まらなかった。
あと、戦死者が家族のために玉砕した日本人の男ばかりで、一般人や家族に被害がゼロだとか、出て来る兵士も男オンリー…、いったいいつの時代のファンタジーなんだろう。そんな戦争は人類の歴史上ただの1度たりとしてなかったよ。
戦って、死んで、家族や文化伝統を守るような台詞もあったが、死んだら伝統も文化もいっさい継承されないんだよね。そんな都合良く、子どもを残して死ねる訳がないし。遺伝子には文化も伝統も刻まれないから、死んだらそこでおしまい。
戦争に行った、もしくは戦死者の家族には保障をしたが、空襲で家や家族を失った人にはいっさい保障をしなかった「日本政府」みたいな著者の主張が残念な作品であった。
(気にならない人は気にならないんだろうが…)
話は悪くないのだが、作中で主張されている作者のプチ右翼的思想が気に入らなかったので、★1つ。
ここ最近、SFを読んでいなかったので、12月に試しにと手に取った本である。
ナノマシン、遺骨収集あたりの言葉に引かれて買ってみたのだが、SFとしては読み易過ぎて物足りなかった。
個人的にはナノマシンはロボット以上に今後の軍事、産業、医療分野で大いに注目すべき、そして、SFで活躍するべきシロモノで、この作品のような使い方(ネタバレにつき書きません)もありだとは思うのだが、作品の都合(もしくは著者の知識の都合)上、ナノマシンの技術的側面にいっさい触れていないので、そこが詰まらなかった。
あと、戦死者が家族のために玉砕した日本人の男ばかりで、一般人や家族に被害がゼロだとか、出て来る兵士も男オンリー…、いったいいつの時代のファンタジーなんだろう。そんな戦争は人類の歴史上ただの1度たりとしてなかったよ。
戦って、死んで、家族や文化伝統を守るような台詞もあったが、死んだら伝統も文化もいっさい継承されないんだよね。そんな都合良く、子どもを残して死ねる訳がないし。遺伝子には文化も伝統も刻まれないから、死んだらそこでおしまい。
戦争に行った、もしくは戦死者の家族には保障をしたが、空襲で家や家族を失った人にはいっさい保障をしなかった「日本政府」みたいな著者の主張が残念な作品であった。
(気にならない人は気にならないんだろうが…)